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	<title>Ｔｅｎの独り言 | 古武術・新陰流のＴｅｎ’ｓ　Ｐａｇｅ　（新陰流兵法、古流剣術、古武術）</title>
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	<description>愛知県豊田市で古武術・新陰流兵法（剣術）をやっているＴｅｎのホームページです。</description>
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		<title>三摩の位について</title>
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		<dc:creator><![CDATA[tenbwlwp]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 May 2015 10:52:15 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Ｔｅｎの独り言]]></category>
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					<description><![CDATA[新陰流の伝書に「三磨の位（さんまのくらい：伝書の元の文字は三摩の位）」というものがあります。 伝書の中では、○に点を３つ書いてあって、その下に「右重々ロ伝有之」って書いてあるだけなんですが、 この意味は、 ３つの点がそれ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="theContentWrap-ccc"><p>新陰流の伝書に「三磨の位（さんまのくらい：伝書の元の文字は三摩の位）」というものがあります。</p>
<p>伝書の中では、○に点を３つ書いてあって、その下に「右重々ロ伝有之」って書いてあるだけなんですが、</p>
<p>この意味は、</p>
<p>３つの点がそれぞれ「習い」「稽古」「工夫」</p>
<p>なんです。</p>
<p>そして、”この順番で”車の車輪が回るかのようにグルグルと繰り返していく事というような教えです。</p>
<p>ところが、最近色々と調べてみると、剣道の世界でこの三磨の位が色々といわれていますがそのほとんど全てが順番を入れ替えて、</p>
<p>「習い」「工夫」「稽古」</p>
<p>となっていたりします。</p>
<p>そして、それが新陰流の極意だとさも良く知ってるかのように解説されているのをよく見かけます。</p>
<p>ですがこれ、間違いです！</p>
<p>なぜ元の伝書の言葉がこの順番になっているのかというのをよ～く考えないといけません。</p>
<p>習ったものを、自分のものにする前に工夫してそれから稽古（殆どの剣道関係の文章ではこのように解説されてます。）じゃあ伝承にはなりませんからね。</p>
<p>受け入れる前に工夫しちゃったら、すでにそれはコピーですらないまがい物ですから。</p>
<p>この話をしたときにある人からこんな指摘をされました。</p>
<p>「欧米式の教育を受けた我々現代人は、習ったことを、自分で解釈して稽古するというパターンがしみついちゃっているからしょうがないのかもね」</p>
<p>って・・・。</p>
<p>多分、きっとそのとおりなんでしょうね。</p>
<p>僕も含め、意識的にしないと現代ではそういうことは難しいのかもしれません。</p>
<p>昔の（江戸時代の）教育って、何にも考えることもない物心つく前からまずは素読からはじめたわけで、要するに意味もわからずにひたすら暗唱することからはじめたわけです。</p>
<p>とにかくただ受け入れて、考えることもなくまず模倣するところからはじめたわけですね。</p>
<p>そこには判断も批判も解釈もないわけです。</p>
<p>確かに一歩間違えたら狂信になってしまう恐れもありますが、一度信じたものならまず判断を捨てて受け入れることからはじめるってことが考え方として多分存在していたんだろうと思います。</p>
<p>そして、こんな事がわざわざ口伝として伝わっているということは、それが出来ない人も大勢いたということでもある、というか人の習性としてどうしてもそうなりがちな傾向があるということかもしれませんね。<br />
きっと頭がよくて器用な人ほどそうなんだろうなという気もします。</p>
<p>でも、それが現代的な考え方で、まず入ってきた情報を取捨選択して、自分に合った形に（勝手に低いレベルで）変容させて、それをもって稽古するということではちょっと違うと思うんですね。</p>
<p>だから良師三年なんて言葉があるのかもしれません。</p>
<p>師匠についたらとにかく受け入れる、そして無批判に吸収する。<br />
だからこそその前にじっくりと時間をかけて師匠は選ばなければいけなかったって事なのかもしれませんね。<br />
もちろん縁もあると思います。</p>
<p>そんなことをつらつらと考えていたら、全く違う分野で同じような話があることを知りました。</p>
<p>多分、一部で流行しているＮＬＰのモデリングが元になっている話なのかなと思いますが、催眠誘導のテクニックを習得するためのスキルとして同じような話があったんです。</p>
<p>スキルを得るためのテクニックとしてまとめられたもののようです。</p>
<p>－－以下引用－－<br />
模倣<br />
＜中略＞<br />
１、マスターしたいスキルや分野を体得した人を見つけます。<br />
２、意識的な考えや判断はしばらく中断させます。<br />
３、全ての感覚をオープンにして、模倣する人物の行動をカリブレーションします！<br />
　　無批判に相手の行動をそのまま吸収するのです。<br />
４、今、自分がその相手になったつもりで、相手の行動を真似始めてください！<br />
５、相手と同じような行動がコンスタントに出来るようになるまで、３、と４、を交互に繰り返します！<br />
６、この時点で批判力を起動させ（注：つまりこの時点までは判断しないで無批判にありのまま受け入れるってことですね）、これまで無意識に吸収したスキルを系統的に分析し、どのような原則が活用されているのかについて検討します。</p>
<p>こうすることによって習得したスキルの能率が上がります。<br />
－－引用終わり－－</p>
<p>まさに一緒でしょ！</p>
<p>心理学的にもこのような方法でものを体得するってことが有効だと現代では欧米でも考えられているってことですね！</p>
<p>三磨の位に照らし合わせてみると、</p>
<p>１～３が習いで、<br />
４，５が稽古で、<br />
６が工夫<br />
ですね。</p>
<p>で、また振り出しに戻って延々とそれを繰り返すと・・・。</p>
<p>やっぱりものを学ぶ時には判断とか分析とかそういった思考を一旦ストップさせて、ただただ受け入れモードになって模倣に徹するってのが大事なんですね。</p>
<p>その後に判断すると。</p>
<p>順番を逆にしちゃダメなんですね～。</p>
<p>ここで多くの人が、「２、意識的な考えや判断はしばらく中断させます。」をつい無視しちゃうんですね。</p>
<p>そして、「無批判に吸収する」ってことをしないで作っちゃう。</p>
<p>意識的にこのプロセスを止めることが出来ないと、技術習得にはかえって遠回りになってしまうんだろうと思います。</p>
<p>ただ、すでにこのような思考法を我々現代人が教育され続けて早１００年以上たってますから・・・、</p>
<p>すでに師匠になってるような人がこのような考えが出来ない人が多かったりして・・・、</p>
<p>良師３年どころか探すのがなおさら難しくなってたりってことはあるのかもしれませんね。</p>
</div>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ユウキノシンサイについて</title>
		<link>https://shinkage.tenbwl.com/hitorigoto/%e3%83%a6%e3%82%a6%e3%82%ad%e3%83%8e%e3%82%b7%e3%83%b3%e3%82%b5%e3%82%a4%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenbwlwp]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 May 2015 10:48:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Ｔｅｎの独り言]]></category>
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					<description><![CDATA[新陰流の伝書の九箇の必勝の太刀の記述の中に「ユウキノシンサイはシュリシュリケンと使う」という既述が出てくるのをご存知でしょうか？ 柳生厳長先生の「正伝新陰流」では、このユウキノシンサイというのは、関東の結城氏の一族の誰か [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="theContentWrap-ccc"><p>新陰流の伝書の九箇の必勝の太刀の記述の中に「ユウキノシンサイはシュリシュリケンと使う」という既述が出てくるのをご存知でしょうか？</p>
<p>柳生厳長先生の「正伝新陰流」では、このユウキノシンサイというのは、関東の結城氏の一族の誰かであろうという推察をしていますが、今までこのユウキノシンサイとは誰なのかということは謎とされてきました。</p>
<p>しかし、ルイス・フロイス著の「日本史」のなかに、結城山城殿（結城進斎）という名前を見つけました。</p>
<p>この結城進斎は、松永久秀の配下で、</p>
<p>「彼は学問および交霊術において著名であり、偉大な剣術家で、書状をしたためたり添削することにかけて有能であり、日本の学問の程度に応じた天文学にはなはだ通暁していた。」</p>
<p>という既述があります。</p>
<p>このユウキノシンサイについては過去にいろんな人が研究してそれぞれの推察をしていますが、決定的な説が出てこなかったのは、この結城山城殿がキリシタンに改宗していて、またその息子も同じくキリシタンに改宗していた上に若くしてなくなっているために子孫も残らず、後の歴史に大きく残っていない為なのかもしれません。</p>
<p>いつかこの結城氏についていろいろと調べてみようと思っていましたが、なかなか機会がないので誰かがこれをみて研究の材料にでもして頂ければと思います。</p>
<p>以下にフロイスの日本の歴史中の結城山城守について書いてある部分を引用します。</p>
<p>－－－－－</p>
<p>中公文庫刊「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4122035783/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&#038;camp=247&#038;creative=7399&#038;creativeASIN=4122035783&#038;linkCode=as2&#038;tag=tenspage-22">完訳フロイス日本史〈1〉</a><img decoding="async" src="http://ir-jp.amazon-adsystem.com/e/ir?t=tenspage-22&#038;l=as2&#038;o=9&#038;a=4122035783" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />　織田信長篇Ⅰ　将軍義輝の最後および自由都市堺」</p>
<p>第１３章（第１部３７章）<br />
Ｐ１５２<br />
「・・・既述のように、当時天下の最高統治権を掌握し、専制的に支配していたのは松永霜台（久秀）であった。<br />
すなわち、彼はその点、偉大にして稀有の天稟の才能の持主であった。<br />
彼は完全に服従せしめていた大和の国の、奈良の市に近い多聞山という立派な一城に住んでいた。<br />
そして五畿内においては、彼が命じたこと以外はなにもなされぬ有様であったから、位階や門閥においては、彼を凌駕する多くの高貴な人たちが彼に奉仕していた。<br />
<u>その人たちの中に結城山城殿という一老人もいた。彼は学問および交霊術において著名であり、偉大な剣術家で、書状をしたためたり添削することにかけて有能であり、日本の学問の程度に応じた天文学にはなはだ通暁していた。</u><br />
彼には、かくも多くの稀有の才能が集まっていたので、彼は天下のもっとも高貴な人々から非常に敬われ、松永霜台は彼に幾多の行為を示していた。・・・」</p>
<p>第１４章（第１部３８章）<br />
Ｐ１６２<br />
「司祭（ヴィレラ）は遅滞することなく、さっそく大和国に向かって出発し、結城進斎を訪れたところ、彼はその来訪を大いに喜んだ。<br />
司祭がしばらく結城殿および（清原）外記殿と語らった後、ある宿に落ち着いたところ、そこへはおびただしい聴衆が参集した。<br />
それらの人すべてにまったく満足のゆく説教が行われ、ほとんど全員が聴聞したことに理解を示した。<br />
しかし彼らは、そこには多数の仏僧がいるのと、人々は彼らに対して畏怖心を抱いていたので、キリシタンになるのを思い留まった。<br />
すなわち、彼らはキリシタンになったのを仏僧たちが知ると、自分たちを殺させるか、家財を没収しはしまいかと恐れたからである。<br />
かくて彼らは現世のものを失うことを恐れるのあまり、永遠のものを断念した。<br />
しかし結城殿と外記殿は、もう一度特に説教を聞き、聴聞した最高至上の教えにまったく満足し、両人は聖なる洗礼を受けるに至った。・・・」</p>
</div>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>なぜ剣道は継足なのか？</title>
		<link>https://shinkage.tenbwl.com/hitorigoto/%e3%81%aa%e3%81%9c%e5%89%a3%e9%81%93%e3%81%af%e7%b6%99%e8%b6%b3%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%8b%ef%bc%9f/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenbwlwp]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 May 2015 10:47:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Ｔｅｎの独り言]]></category>
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					<description><![CDATA[古流では通常普通の歩み足が常とされているのにも関わらず、なぜ現代剣道は継足なのか？ 世間では剣道というと継足をするのが普通だという認識があるがなぜなのか？ という疑問を古流をやった人であれば持った事があると思いますが、そ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="theContentWrap-ccc"><p>古流では通常普通の歩み足が常とされているのにも関わらず、なぜ現代剣道は継足なのか？ 世間では剣道というと継足をするのが普通だという認識があるがなぜなのか？ という疑問を古流をやった人であれば持った事があると思いますが、それを僕なりに推論してみました。</p>
<p>　まず、継足という事に触れる前に、日本人の基本的な身体操法ということから書いてみましょう。</p>
<p>日本の伝統芸能全てにあてはまる或いは大きく影響を与えているものにナンバという事があります。<br />
ナンバというのは簡単に言うと（というより一般的に言われているのは）右足が前に出るときに右手も 前に出るという半身の姿勢で歩行をする事です。<br />
ただし、現代の歩法のように手を出すわけではなく、足が出るときに同じ側の半身が前に出ると行った方が正しいですね。<br />
で、このナンバという事は、昔の日本人が「遠心力」を身体運用の中に含まない純粋な農耕的な生活を行っていた事からとられてきた 基本的な身体操法だと考えてよいと思います。<br />
つまり、人口の９０％以上が農民であった江戸以前の 日本においては遠心力・旋回力というものを全く使わない身体操法が基本だったということです。</p>
<p>ちなみに、江戸中期以降の都市部では生活の変化から逆ナンバといわれる現代の歩き方により近い歩法も現れていた（それでも今のように手は振らないが）らしいんですけどね。<br />
これは上方舞等で このような違いを表現していた（つまり都会の人間と田舎の人間とを歩き方で区別する技法が存在する）という事から分かっている事らしいです。</p>
<p>能や狂言の世界でも、もちろんこのナンバが基本となっているわけですが、この能の世界で 「極重習」などといって難しいとされている事に「走り込み」というものがあるそうです。<br />
これは、ナンバの歩きをしながらなおかつ重心をずらさずに、立身中正のままで「走り込み」という事を行うという事なのですが、体の旋回力を利用すれば非常に簡単なことなので、現代的な歩法で無批判にこれをおこなえばなんの問題もなく出来るのですが、ナンバという様式を保持したままでこれを行うのは 至難の業であるらしいです。<br />
専門にやっていた人でさえ特別な口伝・稽古無しには出来ない事であったらしいです。<br />
さらにジグザグに走る等という事はもう現在では不可能だとまでいわれている難事らしいのです。<br />
古流をやって、体がそれにあった常態に変わってきた人なら多分走るという事に非常に違和感を感じた事のある人は結構いるのでは？と思いますが、このように体の旋回を使わずに走るという事は非常に難しかったんですね。</p>
<p>ところで、農耕に使用した馬や牛についてもナンバという事が問題になってくるらしいですね。<br />
牛は本来ナンバ歩きをするものですが、馬は右の前足が出るときには左の後ろ足が出るという逆の動きを するのが普通です。<br />
しかし、昔の武士の用いた戦闘用の馬というのは実はこういう歩き方をしていなかったという話があって、わざわざ足にかせをはめてナンバ歩きをするように矯正したものであったらしいです。<br />
ここで歌舞伎等の古典芸能での馬の歩き方が現代の馬の歩き方と逆になるという話が時々問題に成る事もあるらしいです。<br />
ついでにいうと、乗馬でも、西洋式の乗馬は左から乗りますが、日本の伝統的な乗馬では 右から乗るのが正しいそうです。<br />
これは利き足が右足であると考えると、西洋式の騎乗方法というのは左足を まずあぶみにかけて、体の旋回力でもって右足をかけるという方法を取っているが、伝統的な方法ではこの逆に 利き足である右足を先にあぶみにかけて、体の旋回力を利用しないで騎乗するそうです。</p>
<p>話を戻しますが、このような体の旋回を使わない身体操法では、例えば剣先をぶらさずに真っ直ぐ 突進するとか、身を入れ替えるとか、そういう事は時間をかけてじっくりと練らない事には出来ない事だった と思います。<br />
で、現代剣道的ないわゆる当時「速習法」とか「即達法」といわれた試合稽古中心の剣道ではそういった時間をかけて練る必要のある物は省いて便宜的に真っ直ぐ進める方法を教える必要があったんだと思うんです。<br />
当時は時代の要請で９０％はいたと言われる武士以外の人たちを戦闘要員としてすぐに使えるように教育しなければいけなかったから仕方が無かったと思うんですけど、それが形を捨ててしまった剣道に引き継がれて現代に至っているんではないか？<br />
そんなわけで真っ先に切り捨てられたのが普通に歩くという事だったのではないかと思うわけです。</p>
<p>ちなみに明治政府が本格的に農民兵の近代軍隊への再編成というか再教育を行おうとした時に問題となった 兵士としての欠点というのが以下の通りだったそうです。</p>
<p>集団移動が出来ない<br />
行進が出来ない<br />
駆け足が出来ない<br />
突撃が出来ない<br />
方向転換が出来ない<br />
匍匐前進が出来ない</p>
<p>そしてこのために軍隊では歩行についての訓練の強化改定がされたそうで、恐らくこの運動が学校教育にも 取り入れられて、今のように子供の頃から歩行について教育を行ったことでだんだんとなんば歩きが駆逐されていったんだろうと思います。</p>
<p>このなかで方向転換が出来ないという事も、武士としての教育を受けていなければ難しかったことだろうと思います。<br />
礼法でも、大基本として立つ・座る・真っ直ぐ歩く事の次に廻るという事を わざわざ教えてたくらいですからね。<br />
昔はなぜわざわざただ方向転換するという事を教えなければ 出来ないんだろうって疑問に思ってたもんですが、身体運用から徹底的に旋回動作を省いていくと方向転換って事だけでも結構難しいもんです。</p>
</div>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>Ｔｅｎのひとりごと</title>
		<link>https://shinkage.tenbwl.com/hitorigoto/%ef%bd%94%ef%bd%85%ef%bd%8e%e3%81%ae%e3%81%b2%e3%81%a8%e3%82%8a%e3%81%94%e3%81%a8/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[tenbwlwp]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 May 2015 10:46:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Ｔｅｎの独り言]]></category>
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					<description><![CDATA[Ｔｅｎがふと思ったいろいろ適当な事を書いてます。たいして参考にもならないと思うし、 思い付きの事もいっぱいある。でも、ちょっとは参考に成る事もあるかもしれない。 １、なんで現代剣道は継ぎ足なのかな？ ２、ユウキノシンサイ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="theContentWrap-ccc"><p>Ｔｅｎがふと思ったいろいろ適当な事を書いてます。たいして参考にもならないと思うし、<br />
思い付きの事もいっぱいある。でも、ちょっとは参考に成る事もあるかもしれない。</p>
<p>
１、<a href="https://shinkage.tenbwl.com/hitorigoto/%E3%81%AA%E3%81%9C%E5%89%A3%E9%81%93%E3%81%AF%E7%B6%99%E8%B6%B3%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%9F/">なんで現代剣道は継ぎ足なのかな？</a></p>
<p>２、<a href="https://shinkage.tenbwl.com/hitorigoto/%E3%83%A6%E3%82%A6%E3%82%AD%E3%83%8E%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/">ユウキノシンサイについて</a></p>
<p>３、<a href="https://shinkage.tenbwl.com/hitorigoto/%E4%B8%89%E6%91%A9%E3%81%AE%E4%BD%8D%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/">三摩の位について</a></p>
</div>]]></content:encoded>
					
		
		
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