影目録
第一 燕飛
影
新陰流
凡そ兵法は梵漢和の三国に亘ってこれ有り
梵においては七仏師文殊上将が知恵の剣を提げ持って無明の賊を截断すれば一切の衆生其の刃に羅らざる莫し
兵法の濫觴(らんしょう)と謂う可し
摩利支尊天専らもって秘術となす者也
漢においては三皇の昔 黄帝反泉?鹿に戦ってより下って五帝三王より元明に至って断絶せざる者兵法なり
倭においては「いざなぎ」尊「いざなみ」尊より今日に至る
一日もこれ無かる可からず
その中間上古の流有り
中古念流 新当流 亦陰流有り
其の外は計るにたえず
予は諸流の奥源を極め陰流において別に奇妙を抽出して新陰流を号す
予は諸流を廃せずして諸流を認めず
寔(まこと)に魚を得て筌(せん)を忘るる者か
然るときは諸流の位別に莫きのみ
千人に英たり万人に傑たるに非ざればいかでか予が家法を伝えんや
古人あにいわずや竜を誅する剣は蛇に揮わずと
且つ又 懸待表裏は一隅を守らず
敵に随って転変して一重の手段を施す事恰(あたか)も風を見て帆を使い兎を見て鷹を放つが如し
懸をもって懸と為し待をもって待と為すは常の事なり
懸懸に非ず待待に非ず
懸は意待に在り待は意懸に在り
牡丹花下の睡猫児(すいみょうじ)学ぶ者此句を透得して識る可
若し又向上人来らば更に不伝の妙を施さむ
燕飛は懸待表裏の行 五箇の旨趣をもって簡要となす
いわゆる五箇は眼・意・身・手・足也
猿廻は敵に髄って動揺して弱をもって強に勝ち柔をもって剛を制する
者学ぶ者に伝付する舌頭上なり
此流は予が久しく日々摩利支尊天の秘法を勤修して日夜鍛練工夫し尊天の感応を蒙り忽然として自己の胸襟に流出するもの也
上州之住人
上泉伊勢守
藤原信綱 花押
永録九年五月吉日
第二 七太刀
第三 三学
第四 九箇
影
新
凡そ兵法は梵漢和の三国に亘ってこれ有り
梵においては七仏師文殊上将が知恵の剣を提げ持って無明の賊を截断すれば一切の衆生其の刃に羅らざる莫し
兵法の濫觴(らんしょう)と謂う可し
摩利支尊天専らもって秘術となす者也
漢においては三皇の昔 黄帝反泉?鹿に戦ってより下って五帝三王より元明に至って断絶せざる者兵法なり
倭においては「いざなぎ」尊「いざなみ」尊より今日に至る
一日もこれ無かる可からず
その中間上古の流有り
中古念流 新当流 亦陰流有り
其の外は計るにたえず
予は諸流の奥源を極め陰流において別に奇妙を抽出して新陰流を号す
予は諸流を廃せずして諸流を認めず
寔(まこと)に魚を得て筌(せん)を忘るる者か
然るときは諸流の位別に莫きのみ
千人に英たり万人に傑たるに非ざればいかでか予が家法を伝えんや
古人あにいわずや竜を誅する剣は蛇に揮わずと
且つ又 懸待表裏は一隅を守らず
敵に随って転変して一重の手段を施す事恰(あたか)も風を見て帆を使い兎を見て鷹を放つが如し
懸をもって懸と為し待をもって待と為すは常の事なり
懸懸に非ず待待に非ず
懸は意待に在り待は意懸に在り
牡丹花下の睡猫児(すいみょうじ)学ぶ者此句を透得して識る可
若し又向上人来らば更に不伝の妙を施さむ
燕飛は懸待表裏の行 五箇の旨趣をもって簡要となす
いわゆる五箇は眼・意・身・手・足也
猿廻は敵に髄って動揺して弱をもって強に勝ち柔をもって剛を制する
者学ぶ者に伝付する舌頭上なり
此流は予が久しく日々摩利支尊天の秘法を勤修して日夜鍛練工夫し尊天の感応を蒙り忽然として自己の胸襟に流出するもの也
上州之住人
上泉伊勢守
藤原信綱 花押
永録九年五月吉日
第二 七太刀
第三 三学
第四 九箇